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第1部会: 新量子相・新物質の基礎科学

作者: admin — 最終変更 2013年10月03日 00時23分

第1部会 代表者: 天能精一郎(神戸大)、今田正俊(東京大)

原子核や電子などの構成粒子の属性と量子力学や統計力学を通じた基本法則を出発点として、原子、分子の集合体、ナノ構造から、さらにはマクロな凝縮物質に至るまでの、現実物質の性質を理解し予測する学問として分子科学および物性物理学は発展してきた。計算機の飛躍的な発展はこの学問領域を革新し、両分野を統合する物質科学に強力な解析能力と予測可能性を付与しつつある。ニュートンやフーリエ以来、数学を基本的な道具とし、数学の構造と一体となって影響を与え合い発展してきた従来の基礎物理学と基礎化学は、前世紀末からのスーパーコンピュータの発展を契機として、スーパーコンピュータの大規模計算アルゴリズムと適合しあい、影響しあう学問体系へと発展し始めた。次世代スーパーコンピュータを含む超並列コンピュータとこれに適合する数値手法はこの流れを一気に加速する可能性を持つ。特に第一原理的な計算手法の発展は高精度の実験検証や設計に耐える予測と、実験に先立つ未知の物質相や概念の発見を可能にしつつある。

量子化学の分野ではここ半世紀の間に電子状態計算の精度が飛躍的に高まり、物質設計や反応機構の理解、創薬といった様々な分野で活発な応用が行われてきた。特に、高速計算機と多電子理論・基底関数の発展により、理論計算は実験研究に先駆けて化学反応や機能発現、エネルギー変換、生体内での酵素反応に踏み込む威力を示している。更に分子シミュレーションの分野でも、溶液や蛋白質の自由エネルギー計算が行われ、多くの生命現象が計算機の上で解かれようとしている。

一方、多体量子系の示す多様性や階層性の理解は今世紀凝縮系物理学の中心課題であり、人類の自然探索と理解の最前線でもある。とりわけ強相関多体量子系は新しい現象と概念の宝庫であり、高温超伝導、巨大応答、トポロジーで分類される量子ホール相やトポロジー絶縁体などの物理を生み出し、遷移金属酸化物、希土類化合物、有機導体などの強相関電子物質群やナノチューブなどのクラスター化合物、量子ドットなどの微細加工構造、冷却中性原子などの新しい系の探索と理解へと導いた。この流れは基礎科学の革新を生み出すだけでなく、将来の新しい応用や技術革新の芽にもつながり得る。摂動論や平均場近似の手の届かない強相関系でスーパーコンピュータを駆使した新しいアルゴリズムが新しい物質相を予言・実証するなど高速計算機は大きな威力を発揮し始めている。

以上の背景のもと、第1部会は物質科学の中核と基礎科学を担い、物理と化学の枠を超えて、粒子間の相互作用効果の強い分子系や凝縮物質(強相関量子多体系)を取り扱う強相関多体量子科学、計算科学の汎用手法を確立発展させるとともに、多体集団の励起状態や非平衡ダイナミックスの理解を飛躍させることが主要なミッションである。

まず分子軌道法や種々の量子モンテカルロ法、数値繰り込み群法などを出発点とする強相関量子多体系の汎用的大規模計算の基盤技術を超並列環境に適合するように発展させ、次世代スーパーコンピュータへ開発応用する。この応用によって、新奇な量子多体現象の発見、革新的な量子機能をもつ新物質の機構解明や新物質探索と、化学反応や分子集団ダイナミックス制御、エネルギー変換や発光制御などの制御法の基礎の解明をめざす。次世代スーパーコンピュータによって初めて明らかにできる、未踏の強相関効果、階層性と量子性が生む新量子相・励起現象の理解・発見と、基礎物質科学の解明が目標である。さらに計算物性物理学と量子化学の分野を橋渡しし、第一原理計算とその応用に関して共通する課題を明らかにして、ふたつのコミュニティの間の相互交流の中から新たな計算基礎物質科学の進む道を探る。このためには物性物理学と量子化学の最先端基礎課題を推進するとともに、両者のバランスのとれた発展を図って、次世代スーパーコンピュータによる新たな地平を切り開くことが求められていると判断する。